茨城県は、2018年から自治体としては全国初となる宇宙ビジネスに特化した支援に取り組んでいます。2019年8月5日、つくば市で第2回となる宇宙ビジネスイベント『いばらき宇宙ビジネスサミット 2019』が開催されました。
■JAXAが支援する宇宙ベンチャー創出とは?
基調講演「JAXAの研究開発と新しい宇宙ビジネスの時代」
JAXA理事・宇宙飛行士 若田光一氏
こうのとり7号機は、国際宇宙ステーション(ISS)へ約6トンの実験装置や日用品などの物資を運ぶことができる世界一の輸送能力を誇る宇宙ステーション補給機で、日本は、「こうのとり」での物資補給や宇宙飛行士の滞在で大きく貢献している。 また、国際宇宙ステーション(ISS)は、2024年に運用を終了する計画でいたが、延長運用に向けて調整しており、米国を中心に商業化の議論も進んでいる。
宇宙探査の分野では、現在進行中の小惑星探査機「はやぶさ2」や月着陸探査機「SLIM」、火星衛星探査機「MMX」など近い将来の太陽系探査を紹介。 月の近傍で2028年ごろに完成する「月ゲートウェイ」は、有人探査など月面活動を支援する拠点となり、将来は火星や月以遠を探査する拠点となる。日本からは水や酸素、二酸化炭素除去といった生命維持装置やISS補給機「こうのとり(HTV)」で培った補給技術で参画する予定でおり、9月に打ち上げられるHTV8号機には水再生装置が搭載され、日本実験棟「きぼう」で実証を開始。
また、JAXAと三菱重工業株式会社を始めとする国内の関連企業が共同開発している主力ロケット「H3」は、H-IIAロケットの後継機として開発され、2020年度に打ち上げ目標が設定されており、開発段階から企業が参加することでコストや開発期間を削減でき、海外からの衛星打ち上げ受注によって競争力を高めることが狙い。
こうした宇宙開発の目標は、国の宇宙基本計画工程表 に記載され、公表されており、工程表にどのような衛星、宇宙輸送などが計画されているか明確に記載されていることから、「予見可能性を高めることで産業の参画を支援する」目的がある。 現在、世界の宇宙産業の規模は、約33兆円程度。その中で人工衛星ビジネス(ロケット打ち上げ、衛星製造、地上機器などを含む)は約26兆円と77パーセント程度を占めている。宇宙産業の売上予測は世界全体で毎年5パーセントずつ拡大しており、今後10年で現在の1.5倍規模になるという予測もある。各国の宇宙投資は、米国が2兆円と飛び抜けているが、日本では民生分野で2千億円程度と出遅れている。そのため、今後、日本は中東や東南アジアでの海外受注をめざす。
これまでの官が民をリードして宇宙開発を進める時代から、民間主導の新しい宇宙の時代が始まりつつあり、世界には650機の通信衛星網を計画しているOneWeb(日本のソフトバンクや欧州のエアバスなどが出資)や、2019年3月には新型宇宙船クルードラゴンの試験に成功、通信衛星網スターリンクや火星有人探査を計画しているスペースX、ロケット開発を進めるブルー・オリジンなどの企業がある。
では、日本ではどうかというと、日本固有の宇宙ベンチャーとして、スペースデブリ除去を計画するアストロスケール、人工流れ星のALE、月探査を行うispace、超小型衛星による地球観測網を構築するアクセルスペース、超小型衛星専用打上げロケットを開発するインターステラテクノロジズ、弾道宇宙旅行機を開発するPDエアロスペースやスペースウォーカーなどが登場してきており、JAXAで培った技術を活かし、大型アンテナを宇宙で展開する技術を開発するオリガミ・イーティーエス、超小型衛星向けのエンジンや電力制御技術を実現するパッチドコニックス、超音波で流量を計測するFlow Sensing Lab(フローセンシングラボ)、人工衛星のデータから土地を評価する天地人などの企業も登場している。
こうした宇宙ベンチャー企業は政府系投資機関や民間からの事業資金を得ることができるようになりつつあり、「宇宙産業ビジョン2030 」では現在1.2兆円である宇宙産業の経済規模を、2030年代早期に2倍の2.4兆円へ拡大することを目指している。官民合わせ1千億円規模の支援を元に宇宙ベンチャーを支援し、「死の谷」と呼ばれる研究開発から事業化、成長段階への移行期に存在するギャップを乗り越える支援を行う。JAXAでは、J-SPARC というオープンイノベーションの場も生まれ、コンセプト共創タイプ、事業協同実証タイプ、などさまざまな方式で宇宙の事業化が可能になった。 茨城県でもベンチャー支援の取り組みを開始したことから、茨城から宇宙をビジネスの窓口として活用してくれる起業家に期待したい。 JAXAホームページ:http://www.jaxa.jp/index_j.html
第2部では、9月に第74回国民体育大会が開催される茨城県で「宇宙×スポーツ」をテーマとしたパネルディスカッションを開催。茨城県に縁を持つ4人の専門家がスポーツをテーマに宇宙との関連について有識者でディスカッションを実施。
神武氏:宇宙業界の人は、宇宙だけでものごとを考えがちだが、実際は宇宙や衛星だけでものごとは解決できず、AIやドローン、ファブリケーションなど他の領域との組み合わせが必要。
古川氏:2003年から筑波大学ラグビー部監督に就任し、2回のワールドカップに参加した立場から、スポーツ選手の身体トレーニングに宇宙技術が利用できる可能性があると考える。「トレーニングには、 効率よく痛めつけ、確実に回復させることが必要であるため、GPSロガーを選手の体に装着して走った量を計測する。(衛星利用だけではなく映像や加速度センサーなどで衝撃度なども測ることが必要)
また、ハードトレーニングで体を壊さないように、回復させる技術には体の熱を取ることが必要で、ノルウェーではマイナス25度になるマグロの冷凍庫で一気に冷やすといった方法をとっているが、宇宙飛行士の熱をコントロールする技術に可能性があるのではないか。 宇宙服の中で宇宙飛行士の体を守る技術が、スポーツにも活かせる可能性がある。
金沢氏:アメリカのメジャーリーグ野球の分野では、大量のデータによって選手の行動を可視化する技術と情報公開が進んでおり、球場にはドップラーレーダーが備えられ、投球から選手の移動まですべてを映像化している。「大谷翔平選手の球質」といったデータもリーグ側から公開されているのだといいます。メリーランド州のボルチモア・オリオールズはほとんどデータ活用をしていないチームだったが、最近になってアストロズからオリオールズに元NASAのデータ解析エンジニアが移籍するなど、データの解析、という基礎的な技術は宇宙にも、スポーツにも応用の可能性がある。
川﨑氏:JAXA 宇宙科学研究所で火星飛行機の研究開発や、月探査のHAKUTOに参加していた経験を活かし、月の6分の1の重力環境をVRで再現する「Yarinage MOON」など宇宙開発を支援するVRアプリケーションを開発中。月で水を探査する場合、採掘する場所や探査ルートの選定などをVRで行うことによって、月のクレーターの環境を探査の前に実感できる。宇宙開発をスピードアップする技術は、エンターテイメントや教育に加え、スポーツの分野で競技を事前に体感するといった応用がでるのではないか。
落合氏:(会場からの質問に回答)「宇宙×スポーツ」といった異分野コラボレーションを成功させるためには、コラボレーションする相手から習う姿勢が大切。「初めに、『あなたの課題はなんですか』と現場に習いにいって、初めて分かることがある。予想外のことがわかったら、それを深く掘っていける時間が必要。
宇宙とスポーツという異分野の融合という観点から、金沢氏は、「スポーツと宇宙の共通点は、すぐにお金になるわけではないが、取り組みたい人がたくさんいること。そこで、取り組む人の声を企業につなげる活動が必要だ。ただし、そこから先に進むためには、『なぜ必要か、それは本当に必要か突き詰める』ことが大切だ」と話した。米大リーグという大きな組織が必要なデータをデザインしていったように、全体のためになるアウトプットのあり方を検討する枠組みが求められる。また、神武氏は、データ共有の枠組みのあり方には、「欧州には地球観測衛星の情報などを共有する際のESAスタンダードというものがあり、日本もこうした方式を学べる」といい、多様な民間企業が宇宙活動に参加する場合には、方法論を共有する方法も合わせて構築していく必要がありそうだ。
■宇宙ベンチャーはソフトウェアベンチャーより起業が難しい?
「ハードテック」を成功させるためのマッチング
午後の部では、「S-Matching with 国研&ベンチャー」としてつくばに集積する国の教育・研究機関やベンチャー企業より、宇宙ビジネス関連する技術やアイデアを発表し、参加者との交流・マッチングを促進する場が設けられた。
冒頭のモデレーターコメントとして、筑波大学国際産学連携本部の尾﨑典明准教授が登壇。宇宙ビジネスコンテストS-Boosterでもメンターを務めている尾﨑氏は、ソフトウェア関連のスタートアップが成功する要因として、「スマートフォンやクラウド環境があり、短期間に、高速に開発していく“アジャイル開発”からスケールアップできること、課題とソリューションのマッチができるPSF(Problem Solution Fit)を確立してから、プロダクトとマーケットとのフィットを考えるPMF(Product Market Fit)に移行できること、連続起業を成功させているシリアルアントレプレナーといった人材の登用」を挙げた。
一方で、宇宙ベンチャーは高度な技術を取り入れ、複雑な課題に挑戦する“ハードテック”型ベンチャーが多く、ハードテックベンチャーの悩みは、「技術的に不確実性が高く、技術が成り立つかわからないこと、ラボレベルではできても、実装できるかわからないこと、スキルや知識が一般的でないためにトライアンドエラーが困難なこと。トッププレーヤーや技術を持った人が少なく、お金も時間もかかること」など、厳しい面も指摘。
尾﨑氏のコメントに続いて、国研やベンチャー企業など、技術シーズの段階からビジネスプランなどを紹介。全24の充実した宇宙ビジネスのプレゼンテーションが行われた。
また、同会場では、Tellus(*)を利用した衛星データに関する実習、茨城県が配置するコーディネーター((一財)宇宙システム開発利用推進機構)によるビジネス相談、国研やYspaceを始めとする茨城発宇宙ビジネスの技術の展示発表なども行われ、昨年からパワーアップしたサミットとなった。
*政府衛星データを利用した新たなビジネスマーケットプレイスを創出することを目的とした、日本初のオープン&フリーな衛星データプラットフォームhttps://www.tellusxdp.com/ja/