SPECIAL

未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち

SPECIAL/特集記事

第7回

ビジネスを加速させる「衛星データ」の力とは?

アメリカ国土からの有人宇宙船復活に向けて開発を進めるスペースX社の実験に注目が集まっている。設立から17年目のスペースXもいまだに「宇宙ベンチャー」と呼ばれてしまうことがあるが、宇宙でビジネスを実現するには巨額の資金を投入してロケットや宇宙船、人工衛星を開発しなくてはならないのだろうか? 実は意外にも、宇宙ビジネスを実現する材料はすぐ手の届くところにある。2月28日に開催されたイベント「衛星データを身近に活用し、あなたのビジネスをアップグレード」から、衛星データがビジネスの中でどう活きているか、その実例を紹介する。

「美味しいお米」という
シンプルな事実が教えてくれること

米の売れ行きを左右する、食味ランキングで特Aの格付けを4年連続で獲得している青森県産「青天の霹靂(せいてんのへきれき)」米。美味しさに関わるのは、適切な収穫時期、適度な粘りを左右する米のタンパク質量、水田の土壌の肥沃さだ。こうした重要な要素を宇宙から教えてくれるのが人工衛星からのデータだ。

青森県の津軽地域では、宇宙から広域の写真を撮影できる地球観測衛星のデータを使い、ブランド米の生産を支援する事業を2016年から行っている。高品質な米を見分け、収穫に適した時期を指導する事業を行っている。8月下旬になると、黄金色に実った田の衛星画像から収穫の最適日を予測した情報が、スマートフォンやタブレットで見られる農家向け情報マップとなって配信される。水田ごとに色分けされたマップは、食味を左右する米の「割れ」を最小限に抑えられる収穫日がいつなのか(何月何日なのか)ひと目でわかる。衛星画像を利用するまで、人力で農業指導員が地域の水田を見て回っていたが、地上を巡回する方式では1日あたり20地点を調査するのが限界だった。衛星画像ならば1日に1万地点の情報を読み取ることができ、収穫最適日の予測誤差は従来の5.5日から2.6日に半減した。


収穫最適日を予想した情報を水田1枚ごとにマップで表示される

青森県産業技術センター農林総合研究所 生産環境部長 境谷栄二氏

青森県産業技術センター農林総合研究所の境谷栄二生産環境部長によると、2000年代初頭には航空機から撮影した画像で水田の調査を行っていた時期があるという。当時、調査できる範囲は100平方キロメートルで費用はおよそ300万円。画像の解像度は1.5メートル(画像の1ピクセルが1.5メートル四方に相当)だった。2009年にアメリカの企業が打ち上げた地球観測衛星「WorldView-2(ワールドビュー2)」の画像は、解像度およそ2メートルと航空機画像に匹敵する精度で利用できるようになり、しかも費用は航空機の3分の1。現在ではさらに低コストで利用できるフランスの衛星画像を利用し、当時の面積の30倍に相当する津軽地域の3000平方キロメートルを実用的な解像度で一度に撮影できるようになった。


広域の水田の情報を一度に取得できる。

衛星画像は広範囲を一度に撮影できる「広域性」がメリットといわれる。「青天の霹靂」米の事業では、広域性に加えてコストと精度の点でも衛星データが地上の技術を上回ったことで、「美味しいお米」というシンプルで強力な評価が農業ビジネスを後押しできるようになり、今では同じ地域で栽培されている他の品種に比べて約1.3倍の価格で市場に出回っている。

長大な線路の補修箇所を目視から
自動検出へ

人工衛星から降ってくるデータといえば、画像だけではなく位置情報や通信データもある。日本が2010年から打ち上げ、運用している準天頂衛星「みちびき」は、アメリカのGPS衛星網の一部として地上に位置情報を知らせる測位信号を送ってくる衛星だ。

ソフトバンクは、GPSと同じ測位信号に加えて日本オリジナルの測位補強信号を配信する「準天頂衛星対応トラッキングサービス」を2018年9月から展開している。GPS単体での位置情報は今でも10メートル前後の誤差があるといわれるが、トラッキングサービスを追加すると実測で1~1.8メートル程度に誤差が減少する。モノの位置のズレが1.8メートルまで減らせると何が起きるだろうか?


ソフトバンク株式会社ICTイノベーション本部 課長 磯部和紀氏
手にしているのは、「準天頂衛星対応トラッキングサービス」の小型端末

ソフトバンク株式会社ICTイノベーション本部の磯部和紀課長によると、鉄道の線路点検は現在でも人力で、長大な線路を目視点検しているという。ソフトバンクの準天頂衛星対応トラッキングサービスは、専用機器で衛星の位置情報を受信するだけでなく各種センサーの情報を同時に記録することができる。位置と、線路の異常を検出する振動の情報を重ね合わせることで、補修が必要な箇所が高精度にわかるのだ。走行するだけでOKなので、手間は激減する。


振動センサーと組み合わせれば線路の補修箇所の把握も可能

ある自動車メーカーでは、自動車開発の現場で、開発車両の位置把握にこのトラッキングサービスを導入した。開発車は自動車メーカーの中でも開発チーム以外には詳細を知らせない機密の中の機密だ。屋内、屋外で開発車の位置管理をシームレスに行い、同時にエンジンのオン、オフの情報を位置情報とともに管理し、稼働率を把握することができるようになった。ある年に生産した開発車両が100台あったと仮定して、稼働率が50パーセントならば、少々余裕が有りすぎるということになる。1台数千万から数億円かかるという開発車の台数を最適化することができれば、量産車の価格にも反映される大きなコストダウンに繋がるという。

トラッキングシステムの利用には、手のひらサイズの専用受信端末が必要だ。この端末には自動車のエンジンのオン・オフに加え、加速度や衝撃などのセンサー情報を組み合わせて時系列でデータ化する機能がある。宇宙からの位置情報と地上のデータが組み合わさることで、時間や開発費などのコスト削減を実現できる。

蓋の沈み具合から世界経済の動きがわかる

青森県の事例では、地球観測衛星画像のコストダウンが導入のきっかけとなった。2010年以降になると、高頻度で地球を観測する衛星が劇的に増え、衛星データの質・量が大幅に増強され、ほぼ毎日地球全体の観測ができるようになった。こうした高頻度、大容量のデータを活かして衛星から世界経済の動きを読み解いているのがアメリカのオービタルインサイト社だ。


オービタルインサイト社 ソリューションエンジニア 清水邦夫氏

オービタルインサイトの事業は世界に驚きを与えた。2018年に日本にも進出したオービタルインサイト社ソリューションエンジニアの清水邦夫さんによると、世界規模の衛星画像を利用し、世界中の石油備蓄タンクの所在を把握する。さらに、石油タンクの“浮き蓋”と呼ばれる蓋の沈み具合をタンクの縁から差す影の長さで読み取る。蓋がどの程度沈んでいるか、という情報はつまりあるタンクの石油貯蔵量を示している。こうして、国別の石油備蓄量から世界経済の動きがわかるというわけだ。

そのほかにも、東京湾周辺の地域の衛星画像から「草地」の面積を読み取ることで土地の利用状況を把握する、中国の国境地帯で道路と建物という人工物の割合を知ることで開発の進捗状況を知る、といったこともできる。衛星画像には、広域性に加えて地上からはアクセスできない状況などを知る「越境性」というメリットもある。災害時に利用すれば、人が近づけない地域の状況を把握できるし、経済活動の観測に利用すれば、公式の統計情報が提供されていない他国の経済活動を知ることもできるというわけだ。


Orbital Insght 社のアルゴリズムで世界中の石油タンクアの識別・貯蔵量を検出
(出典:Orbital Insight/ satellite imagery: DigitalGlobe)

衛星データはあなたの目の前にある!

こうした衛星データのメリットをビジネスに活かす動きが広がっている。宇宙のビジネスといえばロケットや人工衛星を開発する、開発期間もコストも大きい事業をイメージするが、衛星データビジネスはそうした宇宙のハードウェア、インフラ産業よりも規模が大きい。現在、衛星データ(通信・放送、位置情報、衛星画像など)事業は日本で8000億円程度だが、2030年代には1兆7000億円から8000億円規模に拡大するという予測がある。これは、衛星データがアクセスしやすい、利用しやすいものになってこそ。そして2019年2月から誰でも気軽に衛星データにアクセスできる、プラットフォーム事業がスタートした。経済産業省の委託事業によるものだ。


衛星画像プラットフォーム「Tellus」では、高精細な衛星画像をWeb上で気軽に利用できる

委託先である、さくらインターネットが運用する衛星画像プラットフォーム「Tellus(テルース)」は、JAXAが開発運用する地球観測衛星「だいち」を始めとする衛星画像をWeb上で無償利用できるサービスだ。だいち画像に加え、経済産業省が開発して現在NECが保有する解像度0.5メートルの「ASNARO」衛星画像、夜間・雨天でも観測できるレーダー衛星の画像が追加される予定。


経済産業省宇宙産業室 室長補佐 國澤朋久氏

経済産業省宇宙産業室の國澤朋久室長補佐によれば、Tellusでは衛星画像に加え、“人流”と呼ばれる人の動きを時系列で示した「モバイル空間統計」や地域の各種統計、Twitterのテキスト情報、雨量の気象データなども搭載予定であり、このようなデータを衛星画像と組み合わせることができる。さらにPython言語を利用した解析環境へデータをシームレスに持ち込むことも可能だ。衛星画像と地図を重ねた上に、1時間ごとの人の流れを示したら? そこで人はどんなことをつぶやいているか? そのときの天気は? こうしたデータを重ねて見ることで、新しいビジネスにつながる世界の動きが見えてくる。

さくらインターネット社長の田中邦裕氏は、Tellusは最小限のコストで衛星画像をまずはビジネスに使ってみることができる点がメリットとしており、「失敗しても自分の時間が無駄になるだけ」という。小規模なスタートアップ企業でも気軽に試行錯誤できるのだ。


内閣府宇宙開発戦略推進事務局 参事官補佐 長宗豊和氏

政府は、様々なビジネス分野での衛星データの利用を後押しする。その一環として、内閣府宇宙開発戦略推進事務局の長宗豊和参事官補佐が紹介するのが、今年3月1日から募集をスタートした宇宙ビジネスのアイディアを競うコンテスト「S-Booster2019」だ。日本国内に限らず、アジア・オセアニア地域からも幅広くビジネスアイデアを募集し、メンタリングを通じて、各アイデアをブラシュアップする。最終的にシリーズA(ベンチャー・キャピタル等が最初に投資するラウンド)に繋げていくことが狙いだ。最優秀賞受賞者には、初期の活動資金として、賞金1000万円が授与される。 アジア・オセアニアから、どんな革新的なアイデアが出てくるか、今から楽しみだ。今後、S-Boosterをきっかけに、様々なビジネス分野で宇宙利用が拡大し、我々の経済・社会の発展へと繋がっていくことを期待する。

文:ライター 秋山文野